会計士の藤井です。

事業承継においては円滑な自社株の移行と経営権の移譲が重要です。

前回の記事では、自社株買取資金の融資を受ける方法についてご紹介しましたが、融資を受けることに気が進まない後継者も一定数いることでしょう。

そこで、当記事では株式承継のもう一つの手法である「自社株信託」について紹介するとともに、思うところを書いていきたいと思います。

自社株を買い取るために融資を受けることは嫌だ
事業承継の条件を柔軟に設定したい

本日はこのような疑問にお答えしていきます。

そもそも信託とは?

自社株信託のことを語る前に、そもそも信託とはどんな制度でしょうか?

一般社団法人信託協会には次のようにあります。

信託とは「自分の大切な財産を、信頼する人に託し、大切な人あるいは自分のために管理・運用してもらう制度」のこと。

財産の管理・運用を、「誰のために?」「どういう目的で?」ということを自分が決めて、信頼できる人に託すこと(信託すること)が、信託の大きな特徴です。

財産を信託された人(受託者)は、信託した人(委託者)の決めた目的の実現に向けて信託された財産を管理・運用します。

一般社団法人信託協会「信託の基本」

要するに、自分(委託者)が保有している財産を信託銀行(受託者)などに預けて、受託者は預かった資産を運用します。

そして、受託者は受益者に対して信託受益権を設定し、受益者が財産から得られた利益を受け取る、という仕組みになっています。

しかし、なぜ自分と受益者の間にわざわざ信託銀行などが入ることになるのでしょうか?

信託のメリットは一般的に以下と言われています。

  • 倒産隔離機能:信託財産は委託者や受託者の倒産の影響を受けないので安全に管理
  • 財産管理機能:資産運用の専門家が信託財産の運用を行うことができる
  • 転換機能:信託財産を信託受益権に転換することで財産が管理・運用しやすくなる

事業承継の文脈でいうと、最後の信託受益権への転換が重要な役割を担ってきます。

自社株信託の種類とメリット

事業承継の自社株信託にはいくつかの類型があり、株式が本来持つ「議決権」と「財産権」の取扱によって変わってきます。

遺言代用型信託

「議決権」と「財産権」の両方を相続が発生するまで先代経営者が有しておき、先代経営者に万が一のことがあれば、速やかに後継者の方に自社株が移譲されるというスキームです。

この遺言代用型信託のメリットとして、信託銀行などと信託契約を結んだ時点で意図した後継者に自社株が移譲されることが決まります。

そのため、生前からの対策で、確実に特定の後継者に自社株を渡すことができます。

また、先代経営者が存命中は引き続き信託受益権を通じて「議決権」と「財産権」の両方の権利を有しています。

そのため、自社株は信託銀行にありながらも、先代経営者は議決権を行使することもできますし、企業オーナーとして配当をもらうこともできるのです。

議決権留保型信託

議決権留保型信託はその名の通り「議決権」を先代経営者に残しておき、「財産権」を後継者に渡してしまうタイプの自社株信託です。

この議決権留保型信託は信託のメリットを最大限生かしたスキームだといえます。

というのも、株式を他者に移譲する場合は種類株式でない限り「議決権」と「財産権」の両方が他者に渡ってしまいます。

しかし、信託を使えば「議決権」と「財産権」それぞれについて信託受益権を設定できるので、「財産権」だけ後継者に渡すことが可能になるのです。

この議決権留保型信託は、例えば自社株の株価が低いうちに後継者に財産権だけ渡しておいて、議決権は先代経営者が持ちたい、という場合に効果を発揮します。

というのも、後継者に財産権を付与した段階で、先代経営者から後継者に自社株を贈与したものとみなされるので、贈与税が発生するからです。

その点、自社株の評価が低い時にこの信託を設定しておけば、贈与税の支払を減らせることになります。

なお、議決権留保型信託の信託期間は原則として30年以内なので、あまりにも長い期間に渡って信託を設定する場合には向いていません。

自社株信託の注意点

自社株信託はこのように信託受益権を使いこなすことで、柔軟な条件を設定できることがメリットでした。

一方で、自社株信託にも注意点があります。

先代経営者の逝去が前提となる

これは信託自体の特徴なので致し方ない面もあるのですが、先代経営者が死亡しない限り事業承継が完了しないという点が挙げられます。

つまり、上記で解説した自社株信託はどちらも先代経営者の逝去によって初めて「議決権」と「財産権」の両方が後継者に渡ることになります。

ということは先代経営者が好きなタイミングで事業承継できないということでもあります。

例えば、健康上の不安が出てきたので向こう数年以内に全ての事業承継を終わらせたいと思うこともあると思います。

このようなケースに対応できないのが自社株信託のデメリットです。

信託自体が難易度の高いスキーム

また、信託自体が大変の中小企業経営者にとって見慣れないスキームであります。

私も父親が存命の時に信託スキームの提案を受けたことがありますが、信託の仕組みの理解が追いついて来ず、とっつきにくい印象を覚えた記憶があります。

このように国内で信託に対する理解が低いというのもあり、実際に自社株信託スキームを利用するにあたって地団駄を踏む先代経営者も多くいらっしゃるのではと思います。